柿渋とは
柿渋とは 日本古来の優れもの
柿と柿渋
「里古りて柿の持たぬ家もなし」芭蕉
柿は古くから日本人にとって馴染みの深い果物です。昔は農家の庭先には必ず柿の木が植わっており、赤い実を付けた柿の木は日本の秋の風物詩の一つでした。
昨今は色々な果物が店頭を賑わす様になりましたが、日本の秋の果物といえばやはり柿でしょうね。又、「柿の豊作の年には医者要らず」と言われた様に、柿はビタミンが豊富な健康食品でもあるのです。
柿にはこの様な食用としての一面の他にももう一つ、人にはあまり知られていない別の顔があります。それが柿渋です。青い未熟の渋柿を潰し、圧搾してできたその果汁を発酵させた物を柿渋と言います。
柿渋の歴史
柿渋は平安時代より様々な用途に使用されてきました。特に江戸時代には、北海道と一部寒冷地を除いて全国的に盛んに生産されるようになり、その後第二次世界大戦までは様々な分野で日本人の生活と文化を支えてきました。
戦後は20世紀の急速な石油化学製品の発達により急速にその需要が減退し、殆ど忘れ去られた存在となりつつありましたが、世界的に環境問題が叫ばれる21世紀を向かえ、今又その素晴らしさが見直されてきました。
柿渋の用途
1)塗料(木に塗る)
柿渋を木に塗布すると、表面にカキタンニンが硬い強固な皮膜が出来ることにより、防水、腐食を防ぐ効果が期待できることから、家の柱、樽や桶、床下などに盛んに使用されました。
又、漆器の下塗りとしても柿渋は利用されました。これは、補強材としての目的以外にも、漆に比べて取扱いが易しく、又安価であったことがその理由かと思われます。今でも、一部の漆器産地では柿渋の下塗りが行われております。
2)染料(衣服を染める)
染料として使用された歴史も古く、特に主に庶民の衣服を染色することに利用されました。今では一部手工芸作家の手によって独特の柿渋の世界が創り上げられています。
3)和紙(和紙に塗る)
和紙に柿渋を塗る(又は染める)ことにより強度が増すことから、盛んに使用されました。竹篭に和紙を貼り上から柿渋を塗った一閑張が有名で、衣類や書物の防虫効果など日常生活の中で活躍しました。又、京友禅や小紋などの型紙や伊勢型紙が各地の伝統産業を支えてきましたし、番傘やうちわ等にも利用されてきました。とくに団扇は柿渋を塗ることにより強度が増し、腰のある仕上がりになることから強い風を起こすことができるので、渋団扇と呼ばれて重宝され、今でも香川県を中心に生産されています。うなぎの蒲焼の光景を想像してみて下さい。
4)日本酒の製造(酒袋)
江戸時代以降、日本酒の製造工程においてモロミを搾るのに柿渋で染めた木綿の袋が使用されました。毎年この袋を柿渋でそめることから杜氏の仕事が始まったと言われ、それを何年も繰り返し、独特の風合いになった物が酒袋として有名です。
今ではすっかり機械化されており、この酒袋を使用することはなくなりましたが、現在でも清澄剤として日本酒の製造に欠かせない物となっています。一方、酒袋はその独特の色合い、風合いが重宝され、一部マニアの間では手作り工芸品の材料として根強い人気があります。
5)漁業
木綿糸を柿渋で染めることにより強度が増し防水効果が上がることから魚網、釣り糸などにも柿渋が利用されました。昔は漁師さんが投網などを柿渋染する光景を目にすることもできましたが、今では殆どが化学繊維に取って代わられています。
6)民間薬
柿渋は民間薬として、高血圧、やけど、しもやけ等に効果があるといわれ、広く愛用されていたようです。これはカキタンニンの効果だと思われますが、きっちりと科学的に裏づけされたものではありませんので、飲用につきましては、医師に相談されるなど慎重に対応をされた方が良いと思います。
柿渋の造り方
山柿、豆柿等と呼ばれる天王柿など柿タンニン含有量の多い渋みの強い品種の渋柿が未だ青く未熟のうちに摘み取り圧搾して出来た果汁を最低一年以上寝かせて発酵させます。
昔は手作業で行われましたが、今では機械化されています。とはいっても極単純なもので、その意味では未だに手作りの域を出ていないと言えるのではないでしょうか。
1)柿渋製造工程
①洗浄 ②搾汁 ③発酵 ④殺菌 ⑤熟成
2)柿渋手造り
昨今、手作りで柿渋造りに挑戦される方がおられますが、中々上手く行かないようです。その一番の原因は、一言で言えば発酵と腐敗の違いと言えるでしょう。つまり、上手く発酵させることができず、腐敗してしまうと言うことです。やはり、日本文化の伝統の重さがそこに存在するのではないでしょうかね。
柿渋の成分
柿渋は工業生産品ではありませんので、JISマークに類似するような規格品質に付いての一定の規格は存在しませんが、業界で使用される一般的な物を記載しておきます。
柿渋の品質規格(一般の標準品) 製品規格 性状 赤褐色液体 柿渋臭気 独特の有機酸臭(無臭柿渋は無し) PH 3.5~4.5 ボーメ比重 4.5以上 タンニン含有量 3.0以上 その他分析値 酪酸、プロピオン酸、酢酸(無臭柿渋は含まない)
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柿渋の特性
1)柿渋の色
時々、柿渋をご存じない方から「柿渋にはどの様な色があるのですか?」とのご質問を受けることがありますが、基本的にには柿渋の色はブラウン、茶系色です。
柿渋は酸化することにより徐々に茶褐色に発色していきます。特に紫外線によって酸化作用が促進され、発色を速めますので、昔から柿渋染のマニュアルとして染色後に日に当てるようにと言うのはこの理屈の為です。又、高い温度によっても発色が促進されますので、陶芸の釉薬としての利用も面白いのでは」ないでしょうか。
2)柿渋での色対応
柿渋は茶系のみですので、他の素材を使用してその色合いを変化させる方法が採られてきました。
①媒染
一般的な草木染めと同じ様に、柿渋染も媒染剤を利用してその色の変化を楽しむことができます。但し、その方法は後媒染が一般的です。即ち、最後の水洗いの段階で、薄い媒染液に浸して変色させます。代表的な物としては鉄媒染とチタン媒染があります。
a)鉄媒染
鉄分に敏感に反応して黒くなるのが柿渋(カキタンニン)の特徴で、昔からその性質を上手く利用されてきました。柿渋の濃度と鉄媒染の濃度によって、薄いグレーから濡れ羽色の黒まで様々な色合いに変化します。
b)チタン媒染
あまり知られてはいませんが、柿渋はチタンに反応して黄色系から綺麗なオレンジ系の色になります。
c)アルカリ処理
柿渋は弱アルカリ処理をすることにより若干の色の変化を起こし、酸化作用が抑制されますので、急速な色の変化を抑える効果がありあます。又、風合いも若干柔らかくなりますので、拘りの柿渋染をされている方などは後処理としてアルカリ処理をされています。
材料としてはソーダ灰が一般的ですが、身近で手に入る材料としては重曹があります。
②顔料
柿渋は化学物質とは馴染みませんので、有機系物質が含まれていると分離してしまいますので、顔料を使用する場合には無機系の物に限られてきます。
その点からか、昔から弁柄(ベンガラ)が良く使われてきました。昔の町家の黒っぽい窓枠などは柿渋にベンガラを混ぜて使用された色です。その他、墨や松煙を混ぜ合わせても、独特の良い色合いに仕上がります。
3)柿渋の風合い(硬さ)
カキタンニンが表面に皮膜を張る為に硬くなるのが柿渋の特徴です。そのことで、塗料として使用した場合には補強材・防水材としての効果が伴う訳ですが、他方染料として衣服などに使用する場合にはその硬さが欠点とされる場合があります。
この硬さを緩和するには、柿渋液を薄くして染め回数を増やして発色させることや、その都度十二分に水洗いを繰り返すことによりある程度の効果があります。又、市販の柔軟剤を使用しても効果があります。
4)柿渋の臭いと無臭柿渋
そもそも基本的に発酵物にはキツイ臭いがつきものですが、ご多分に漏れず柿渋にも独特の悪臭があります。店頭で柿渋を購入された柿渋をご存知でない方が家に帰ってから容器の封を開け、その独特の臭いにビックリされて、「これ腐ってます」と言ってお店に返品に来られ、対応した店員さんも「そうですね」って対応されたと言う笑い話もあるくらいです。
柿渋の主成分である柿タンニンそのものは無臭です。あの柿渋独特の悪臭の臭いの元となる犯人は、発酵工程に於いて発生する酢酸・オウロピン酸・酪酸などの有機酸系の不純物なのです。
特許製法により、その不純物を取り除くことに成功し、画期的な無臭柿渋が誕生しました。今まではその悪臭を嫌って敬遠されていた方にも、これからは安心して柿渋に親しんで頂けるようになりました。
詳しくは無臭柿渋のページでどうぞ
柿渋染製品の洗濯方法と脱色方法に付いて
柿渋染は他の草木染め天然染料に比べて堅牢度が強いのが特徴です。柿渋染繊維製品の洗濯方法な無蛍光染料を使用した手洗いが標準的な取扱い方法になると思います。
尚、ドライクリーニングの場合には使用される薬剤と反応する危険性がありますので、十分にご注意下さい。又、脱色すぬには塩素系漂白剤の使用で可能かと思います。ちなみに市販されているカビ取り剤での脱色が確認されています。
柿渋の現状と未来
20世紀後半からのあまりにも異常なまでの化学物質全盛時代の反省からか、環境世紀といわれる21世紀を迎え、全般的に天然・自然素材が見直されていますが、柿渋もまた日本古来の天然素材として注目を集めています。
柿渋の生産量も落ち込むところまで落ち込んだ感があり、最近では村興しを兼ねて柿渋造りの再興に取り組んでおられる地域もでてきました。
柿渋は化学物質を一切含まない、又その使用に際しても化学の力やエネルギーを必要としません。まさに、21世紀に相応しい天然素材の優れものです。
柿渋使用の現状
1)食品添加物(清澄剤)
カキタンニンがタンパク質と結合し易い性質を利用して、清澄剤として広く使用されています。日本酒の清澄剤としての使用が有名ですが、その他味醂、醤油などにも使用されており、この用途が現状での柿渋の一番のマーケットになっています。
2)塗料
昨今の健康志向の流れの中で、健康塗料として、特に内装材として注目を集めています。大きな社会問題になっているシックハウス症候群の原因とされるホルムアルデヒドに対しても柿渋が有効効果を持つことが、学会でも発表されています。
<第51回日本木材学界での発表の要約の抜粋>岐阜県生活技術研究所 村田明宏宣研究員 小川俊彦主任研究員
密閉容器の中に柿渋を2g入れ、ホルムアルデヒドを注入、その後20時間にわたりその減少量を測定。
その結果、3時間後ホルムアルデヒドが、約13分の1に減少した。 (2001年2月17日付け中日新聞より)
尚、外装材として使用する場合にはその環境にもよりますが、約1年程度でのメンテナンスが必要になります。これは直射日光に当たり続けることにより、カキタンニンの酸化が促進され、やがてその頂点を迎えて後劣化する為です。
又、手作り家具などの拘りの家具の塗料としても使用が広がっております。その他、DIYの世界でも少しづつ認知されつつあります。
3)染料
暖簾、タペストリーなどのインテリア商品、カバン、帽子、日傘などの手工芸的な世界で親しまれてきましたが、最近では一種の柿渋染めブームに便乗して工業生産的な試みも行われる様になりました。
従来の流通をそのまま利用した様な安易な発想の物づくりではなかなか上手くいかないのが現状のようです。やはり、しっかりしたコンセプトに基づいた、従来のマーケットとは違う新しい価値観に基づく世界を作り上げていかないと、なかなか難しいのではないでしょうか。
4)紙に塗る(和紙)
型紙の需要は減退していますが、手工芸の世界では、先に触れました一閑張が人気です。最近では、皆さんグループで一閑張造りを楽しむ方が増えつつあります。又、健康住宅関連資材として、壁紙、ふすま、障子にも柿渋を使用した商品が開発されています。
5)医薬品・化粧品
カキタンニンの保湿効果を利用して、一部化粧品にも利用されています。又、柿タンニンの収斂作用を利用して歯茎を引き締めるなどの目的から一部の歯科医では歯周病の予防・治療にも利用されているようです。更に民間薬としても利用されてきた歴史は先にお伝えしましたが、現在でも一部飲用されている愛好家の方がありますが、あまりお勧め出来かねます。飲用に際しては医師に相談するなり、発売元に確認するなりして十二分に注意をなさった方が宜しいかと思います。
最後に
柿渋(カキタンニン)の研究開発は、まだまだ遅れています。今後、この限り無く可能性を秘めた未知なる優れものの研究が進むにつれ、新しい柿渋の世界が広がるのではないでしょうか。
参考文献:柿渋の力(京都府立山城資料館)